巻十二巻|恋二
巻十二巻|恋二
615
命やは
何ぞは露の
あだ物を
逢ふにしかへば
惜しからなくに
命やは
何ぞは露の
あだ物を
逢ふにしかへば
惜しからなくに
614
頼めつつ
逢はで年経る
偽りに
凝りぬ心を
人は知らなむ
頼めつつ
逢はで年経る
偽りに
凝りぬ心を
人は知らなむ
613
今ははや
恋しなましを
逢ひ見むと
頼めし夢ぞ
命なりける
今ははや
恋しなましを
逢ひ見むと
頼めし夢ぞ
命なりける
612
我のみぞ
悲しかりける
彦星も
逢はで過ぐせる
年しなければ
我のみぞ
悲しかりける
彦星も
逢はで過ぐせる
年しなければ
611
我が恋は
行くへも知らず
果てもなし
逢ふを限りと
思ふばかりぞ
我が恋は
行くへも知らず
果てもなし
逢ふを限りと
思ふばかりぞ
610
梓弓
引けば本末
我が方に
寄るこそ勝れ
恋の心は
梓弓
引けば本末
我が方に
寄るこそ勝れ
恋の心は
609
命にも
勝りて惜しく
あるものは
見果てぬ夢の
覚むるなりけり
命にも
勝りて惜しく
あるものは
見果てぬ夢の
覚むるなりけり
608
君をのみ
思ひ寝に寝し
夢なれば
我が心から
見つるなりけり
君をのみ
思ひ寝に寝し
夢なれば
我が心から
見つるなりけり
607
言に出でて
言はぬばかりぞ
水無瀬川
下に通ひて
恋しきものを
言に出でて
言はぬばかりぞ
水無瀬川
下に通ひて
恋しきものを
606
人知れぬ
思ひのみこそ
侘びしけれ
我が嘆きをば
我のみぞ知る
人知れぬ
思ひのみこそ
侘びしけれ
我が嘆きをば
我のみぞ知る
605
手も触れて
月日経にける
白真弓
起き伏す夜は
いこそ寝られね
手も触れて
月日経にける
白真弓
起き伏す夜は
いこそ寝られね
604
津の国の
難波の葦の
芽も春に
しげき我が恋
人知るらめや
津の国の
難波の葦の
芽も春に
しげき我が恋
人知るらめや
603
恋しなば
高名は立たじ
世の中の
常なき物と
言ひ放すとも
恋しなば
高名は立たじ
世の中の
常なき物と
言ひ放すとも
602
月影に
我が身を替ふる
物ならば
つれなき人も
あはれとや見む
月影に
我が身を替ふる
物ならば
つれなき人も
あはれとや見む
601
風吹けば
峰に分かるる
白雲の
絶えてつれなき
君が心か
風吹けば
峰に分かるる
白雲の
絶えてつれなき
君が心か
600
夏虫を
何か言ひけむ
心から
我も思ひに
燃えぬべらなり
夏虫を
何か言ひけむ
心から
我も思ひに
燃えぬべらなり
599
白玉と
見えし涙も
年経れば
韓紅に
移ろひにけり
白玉と
見えし涙も
年経れば
韓紅に
移ろひにけり
598
紅の
振り出でつつなき
涙には
袂のみこそ
色まさりけれ
紅の
振り出でつつなき
涙には
袂のみこそ
色まさりけれ
597
我が恋は
知らぬ山路に
あらなくに
迷ふ心ぞ
侘びしかりける
我が恋は
知らぬ山路に
あらなくに
迷ふ心ぞ
侘びしかりける
596
年を経て
消えぬ思ひは
ありながら
夜の袂は
なほ凍りけり
年を経て
消えぬ思ひは
ありながら
夜の袂は
なほ凍りけり
595
敷妙の
枕の下に
海はあれど
人を見る目は
生ひずぞありける
敷妙の
枕の下に
海はあれど
人を見る目は
生ひずぞありける
594
東路の
狭の中山
なかなかに
何しか人を
思ひ初めけむ
東路の
狭の中山
なかなかに
何しか人を
思ひ初めけむ
593
宵々に
脱ぎて我が寝る
狩衣
懸けて思はぬ
時の間もなし
宵々に
脱ぎて我が寝る
狩衣
懸けて思はぬ
時の間もなし
592
滝つ瀬に
根差し留めぬ
浮草の
浮きたる恋も
我はするかな
滝つ瀬に
根差し留めぬ
浮草の
浮きたる恋も
我はするかな
591
冬川の
上は凍れる
我なれや
下に流れて
恋ひ渡るらむ
冬川の
上は凍れる
我なれや
下に流れて
恋ひ渡るらむ
590
我が恋に
比ぶの山の
桜花
間なく散るとも
数は勝らじ
我が恋に
比ぶの山の
桜花
間なく散るとも
数は勝らじ
589
露ならぬ
心を花に
置き染めて
風吹くごとに
物思ひぞつく
露ならぬ
心を花に
置き染めて
風吹くごとに
物思ひぞつく
588
越えぬ間は
吉野の山の
桜花
人づてにのみ
聞き渡るかな
越えぬ間は
吉野の山の
桜花
人づてにのみ
聞き渡るかな
587
真菰刈る
夜戸の沢水
雨降れば
常よりことに
勝る我が恋
真菰刈る
夜戸の沢水
雨降れば
常よりことに
勝る我が恋
586
秋風に
かきなす琴の
声にさへ
はかなく人の
恋しかるらむ
秋風に
かきなす琴の
声にさへ
はかなく人の
恋しかるらむ
585
人を思ふ
心ばかりに
あらねども
雲居にのみも
鳴き渡るかな
人を思ふ
心ばかりに
あらねども
雲居にのみも
鳴き渡るかな
584
ひとりして
物を思へば
秋の夜の
稲葉のそよと
言ふ人のなき
ひとりして
物を思へば
秋の夜の
稲葉のそよと
言ふ人のなき
583
秋の野に
乱れて咲ける
花の色の
千草に物を
思ふころかな
秋の野に
乱れて咲ける
花の色の
千草に物を
思ふころかな
582
秋なれば
山とよむまで
鳴く鹿に
我劣らめや
ひとり寝る夜は
秋なれば
山とよむまで
鳴く鹿に
我劣らめや
ひとり寝る夜は
581
虫の音を
声に立てては
泣かねども
涙のみこそ
下に流るれ
虫の音を
声に立てては
泣かねども
涙のみこそ
下に流るれ
580
秋霧の
晴るる時なき
心には
立ちゐの空も
思ほえなくに
秋霧の
晴るる時なき
心には
立ちゐの空も
思ほえなくに
579
五月山
梢を高み
郭公
鳴く音空なる
恋もするかな
五月山
梢を高み
郭公
鳴く音空なる
恋もするかな
578
我がごとく
物や悲しき
郭公
時ぞともなく
夜ただ鳴くらむ
我がごとく
物や悲しき
郭公
時ぞともなく
夜ただ鳴くらむ
577
音に泣きて
ひぢにしかども
春雨に
濡れにし袖と
問はば答へむ
音に泣きて
ひぢにしかども
春雨に
濡れにし袖と
問はば答へむ
576
偽りの
涙なりせば
唐衣
忍びに袖は
潮らさらまし
偽りの
涙なりせば
唐衣
忍びに袖は
潮らさらまし
575
はかなくて
夢にも人を
見つる夜は
朝の床こそ
起き憂かりける
はかなくて
夢にも人を
見つる夜は
朝の床こそ
起き憂かりける
574
夢路にも
露や置くらむ
夜もすがら
通へる袖の
ひちて乾かぬ
夢路にも
露や置くらむ
夜もすがら
通へる袖の
ひちて乾かぬ
573
世とともに
流れてぞ行く
涙川
冬も凍らぬ
水輪なりけり
世とともに
流れてぞ行く
涙川
冬も凍らぬ
水輪なりけり
572
君恋ふる
涙しなくば
唐衣
胸のあたりは
色燃えなまし
君恋ふる
涙しなくば
唐衣
胸のあたりは
色燃えなまし
571
恋しきに
侘びて魂
迷ひなば
虚しき殻の
何や残らむ
恋しきに
侘びて魂
迷ひなば
虚しき殻の
何や残らむ
570
わりなくも
寝ても覚めても
恋しきか
心をいづち
遣らば忘れむ
わりなくも
寝ても覚めても
恋しきか
心をいづち
遣らば忘れむ
569
侘びぬれば
強ひて忘れむ
と思へども
夢といふもの
人頼めなる
侘びぬれば
強ひて忘れむ
と思へども
夢といふもの
人頼めなる
568
死ぬる命
生きもやすると
心みに
玉の緒ばかり
逢はむと言はなむ
死ぬる命
生きもやすると
心みに
玉の緒ばかり
逢はむと言はなむ
567
君恋ふる
涙の床に
満ちぬれば
身を尽くしとぞ
我はなりぬる
君恋ふる
涙の床に
満ちぬれば
身を尽くしとぞ
我はなりぬる
566
かき曇らし
降る白雪の
下消えに
消えて物思ふ
ころにもあるかな
かき曇らし
降る白雪の
下消えに
消えて物思ふ
ころにもあるかな
565
川の瀬に
なびく玉藻の
身隠れて
人に知られぬ
恋もするかな
川の瀬に
なびく玉藻の
身隠れて
人に知られぬ
恋もするかな
564
我が宿の
菊の垣根に
置く霜の
消えかへりてぞ
恋しかりける
我が宿の
菊の垣根に
置く霜の
消えかへりてぞ
恋しかりける
563
笹の葉に
置く霜よりも
ひとり寝る
我が衣手ぞ
冴えまさりける
笹の葉に
置く霜よりも
ひとり寝る
我が衣手ぞ
冴えまさりける
562
夕されば
蛍よりけに
燃ゆれども
光見ねばや
人のつれなき
夕されば
蛍よりけに
燃ゆれども
光見ねばや
人のつれなき
561
宵の間も
はかなく見ゆる
夏虫に
迷ひまされる
恋もするかな
宵の間も
はかなく見ゆる
夏虫に
迷ひまされる
恋もするかな
560
我が恋は
深山隠れの
草なれや
茂さまされど
知る人のなき
我が恋は
深山隠れの
草なれや
茂さまされど
知る人のなき
559
住の江の
岸による波
夜るさへや
夢の通ひ路
人目よくらむ
住の江の
岸による波
夜るさへや
夢の通ひ路
人目よくらむ
558
恋ひ侘びて
打ちぬる中に
行き通ふ
夢のただ路は
うつつならなむ
恋ひ侘びて
打ちぬる中に
行き通ふ
夢のただ路は
うつつならなむ
557
愚かなる
涙ぞ袖に
玉はなす
我は堰きあへず
滝つ瀬なれば
愚かなる
涙ぞ袖に
玉はなす
我は堰きあへず
滝つ瀬なれば
556
包めども
袖にたまらぬ
白玉は
人を見ぬ目の
涙なりけり
包めども
袖にたまらぬ
白玉は
人を見ぬ目の
涙なりけり
555
秋風の
身に寒ければ
つれもなき
人をぞ頼む
暮るる夜ごとに
秋風の
身に寒ければ
つれもなき
人をぞ頼む
暮るる夜ごとに
554
いとせめて
恋しき時は
むば玉の
夜るの衣を
返してぞ着る
いとせめて
恋しき時は
むば玉の
夜るの衣を
返してぞ着る
553
うたた寝に
恋しき人を
見てしより
夢といふもの
思ひ染めてき
うたた寝に
恋しき人を
見てしより
夢といふもの
思ひ染めてき
552
思ひつつ
寝ればや人の
見えつらむ
夢と知りせば
覚めざらましを
思ひつつ
寝ればや人の
見えつらむ
夢と知りせば
覚めざらましを
巻十二巻|恋二