巻十三巻|恋三
巻十三巻|恋三
676
知ると言へば
枕だにせで
寝しものを
散りならぬ名ぞ
空に立つらむ
知ると言へば
枕だにせで
寝しものを
散りならぬ名ぞ
空に立つらむ
675
君により
我が名は花に
春霞
野にも山にも
立ち満ちにけり
君により
我が名は花に
春霞
野にも山にも
立ち満ちにけり
674
群鳥の
立ちにし我が名
今更に
事なしふとも
しるしあらめや
群鳥の
立ちにし我が名
今更に
事なしふとも
しるしあらめや
673
逢ふことは
玉の緒ばかり
名の立つは
吉野の川の
滝つ瀬のこと
逢ふことは
玉の緒ばかり
名の立つは
吉野の川の
滝つ瀬のこと
672
池に棲む
名を惜し鳥の
水浅み
隠るとすれど
現れにけり
池に棲む
名を惜し鳥の
水浅み
隠るとすれど
現れにけり
671
風吹けば
波打つ岸の
松なれや
音に現れて
泣きぬべらなり
風吹けば
波打つ岸の
松なれや
音に現れて
泣きぬべらなり
670
枕より
また知る人も
なき恋を
涙堰きあへず
漏らしつるかな
枕より
また知る人も
なき恋を
涙堰きあへず
漏らしつるかな
669
おほかたは
我が名も港
漕ぎ出でなむ
世を海辺だに
見る目少なし
おほかたは
我が名も港
漕ぎ出でなむ
世を海辺だに
見る目少なし
668
我が恋を
忍びかねては
葦引の
山橘の
色に出でぬべし
我が恋を
忍びかねては
葦引の
山橘の
色に出でぬべし
667
下にのみ
恋ふれば苦し
玉の緒の
絶えて乱れむ
人な咎めそ
下にのみ
恋ふれば苦し
玉の緒の
絶えて乱れむ
人な咎めそ
666
白河の
知らずとも言はじ
底清み
流れて世々に
住まむと思へば
白河の
知らずとも言はじ
底清み
流れて世々に
住まむと思へば
665
満ち潮の
流れ昼間を
逢ひ難み
見る目の浦に
夜るをこそ待て
満ち潮の
流れ昼間を
逢ひ難み
見る目の浦に
夜るをこそ待て
664
山科の
音羽の山の
音にだに
人の知るべく
我が恋めかも
山科の
音羽の山の
音にだに
人の知るべく
我が恋めかも
663
笹の葉に
置く初霜の
夜を寒み
染みは尽くとも
色に出でめや
笹の葉に
置く初霜の
夜を寒み
染みは尽くとも
色に出でめや
662
冬の池に
棲む鴛鴦の
つれもなく
そこに通ふと
人に知らすな
冬の池に
棲む鴛鴦の
つれもなく
そこに通ふと
人に知らすな
661
紅の
色には出でじ
隠れ野の
下に通ひて
恋は死ぬとも
紅の
色には出でじ
隠れ野の
下に通ひて
恋は死ぬとも
660
滝つ瀬の
早き心を
何しかも
人目包みの
堰き留むらむ
滝つ瀬の
早き心を
何しかも
人目包みの
堰き留むらむ
659
思へども
人目包みの
高ければ
川と見ながら
えこそ渡らね
思へども
人目包みの
高ければ
川と見ながら
えこそ渡らね
658
夢路には
足も休めず
通へども
現に一目
見しことはあらず
夢路には
足も休めず
通へども
現に一目
見しことはあらず
657
限りなき
思ひのままに
夜るも来む
夢路をさへに
人は咎めじ
限りなき
思ひのままに
夜るも来む
夢路をさへに
人は咎めじ
656
現には
さもこそあらめ
夢にさへ
人目を憂くと
見るが侘びしさ
現には
さもこそあらめ
夢にさへ
人目を憂くと
見るが侘びしさ
655
泣き恋ふる
涙に袖の
そほちなば
脱ぎ替へがてら
夜るこそ履きめ
泣き恋ふる
涙に袖の
そほちなば
脱ぎ替へがてら
夜るこそ履きめ
654
思ふとち
一人一人が
恋しなば
誰によそへて
斑衣着む
思ふとち
一人一人が
恋しなば
誰によそへて
斑衣着む
653
花薄
穂に出でて恋は
名を惜しみ
した結ひ紐の
結ぼほれつつ
花薄
穂に出でて恋は
名を惜しみ
した結ひ紐の
結ぼほれつつ
652
恋しくは
下にを思へ
紫の
根摺の衣
色に出づなゆめ
恋しくは
下にを思へ
紫の
根摺の衣
色に出づなゆめ
651
吉野川
水の心は
早くとも
滝の音には
立てじと思ふ
吉野川
水の心は
早くとも
滝の音には
立てじと思ふ
650
名取川
瀬々の埋れ木
現れば
いかにせむとか
逢ひ見そめけむ
名取川
瀬々の埋れ木
現れば
いかにせむとか
逢ひ見そめけむ
649
君が名も
我が名も立てじ
難波なる
三津とも言ふな
逢ひきとも言はじ
君が名も
我が名も立てじ
難波なる
三津とも言ふな
逢ひきとも言はじ
648
小夜更けて
天の渡る
月影に
飽かずも君を
逢ひ見つるかな
小夜更けて
天の渡る
月影に
飽かずも君を
逢ひ見つるかな
647
むば玉の
闇の現は
定かなる
夢にいくらも
勝らざりけり
むば玉の
闇の現は
定かなる
夢にいくらも
勝らざりけり
646
かき曇す
心の闇に
迷ひにき
夢現とは
世人定めよ
かき曇す
心の闇に
迷ひにき
夢現とは
世人定めよ
645
君や来し
我や行きけむ
覚えず
夢か現か
寝てか覚めてか
君や来し
我や行きけむ
覚えず
夢か現か
寝てか覚めてか
644
寝ぬる夜の
夢をはかなみ
まどろめば
いやはかなにも
なりまさるかな
寝ぬる夜の
夢をはかなみ
まどろめば
いやはかなにも
なりまさるかな
643
今朝はしも
起きけむ方も
知らざりつ
思ひ出づるぞ
消えて悲しき
今朝はしも
起きけむ方も
知らざりつ
思ひ出づるぞ
消えて悲しき
642
玉匣
明けば君が名
立ちぬべみ
夜深く来しを
人見けむかも
玉匣
明けば君が名
立ちぬべみ
夜深く来しを
人見けむかも
641
霍公鳥
夢か現か
朝露の
置きて別れし
暁の声
霍公鳥
夢か現か
朝露の
置きて別れし
暁の声
640
東雲の
別れを惜しみ
我ぞ松鳥
より先に鳴き
始めつる
東雲の
別れを惜しみ
我ぞ松鳥
より先に鳴き
始めつる
639
明けぬとて
帰る道には
漕ぎ垂れて
雨も涙も
降りそほちつつ
明けぬとて
帰る道には
漕ぎ垂れて
雨も涙も
降りそほちつつ
638
曙ぬとて
今はの心
尽くからに
など言ひ知らぬ
思ひ添ふらむ
曙ぬとて
今はの心
尽くからに
など言ひ知らぬ
思ひ添ふらむ
637
東雲の
ほがらほがらと
明けゆけば
己が衣着ぬ
なるぞ悲しき
東雲の
ほがらほがらと
明けゆけば
己が衣着ぬ
なるぞ悲しき
636
長しとも
思ひそ果てぬ
昔より
逢ふ人からの
秋の夜なれば
長しとも
思ひそ果てぬ
昔より
逢ふ人からの
秋の夜なれば
635
秋の夜も
名のみなりけり
逢ふといへば
言そともなく
明けぬるものを
秋の夜も
名のみなりけり
逢ふといへば
言そともなく
明けぬるものを
634
恋ひ恋ひて
まれに今宵ぞ
逢坂の
夕付け鳥は
鳴かずもあらなむ
恋ひ恋ひて
まれに今宵ぞ
逢坂の
夕付け鳥は
鳴かずもあらなむ
633
忍ぶれど
恋しき時は
葦引の
山より月の
出でてこそ暮れ
忍ぶれど
恋しき時は
葦引の
山より月の
出でてこそ暮れ
632
人知れぬ
我が通ひ路の
関守は
宵宵ことに
打ちも寝ななむ
人知れぬ
我が通ひ路の
関守は
宵宵ことに
打ちも寝ななむ
631
小里住み
またも泣き名は
立ちぬべし
人にくからぬ
世にし住まへば
小里住み
またも泣き名は
立ちぬべし
人にくからぬ
世にし住まへば
630
人はいさ
我は泣き名の
惜しければ
昔も今も
知らずと言はむ
人はいさ
我は泣き名の
惜しければ
昔も今も
知らずと言はむ
629
あやなくて
またき泣き名の
立田川
渡らでやまむ
ものならなくに
あやなくて
またき泣き名の
立田川
渡らでやまむ
ものならなくに
628
陸奥に
ありといふなる
名取川
泣き名取りては
苦しかりけり
陸奥に
ありといふなる
名取川
泣き名取りては
苦しかりけり
627
かねてより
風に先立つ
波なれや
逢ふことなきに
またき立つらむ
かねてより
風に先立つ
波なれや
逢ふことなきに
またき立つらむ
626
逢ふことの
なきさにし夜る
波なれば
恨みてのみぞ
立ち返りける
逢ふことの
なきさにし夜る
波なれば
恨みてのみぞ
立ち返りける
625
有明の
つれなく見えし
別れより
暁ばかり
憂きものはなし
有明の
つれなく見えし
別れより
暁ばかり
憂きものはなし
624
逢はずして
今宵明けなば
春の日の
長くや人を
つらしと思はむ
逢はずして
今宵明けなば
春の日の
長くや人を
つらしと思はむ
623
見る目なき
我が身を浦と
知らねばや
枯れなで海人の
朝出ゆく来る
見る目なき
我が身を浦と
知らねばや
枯れなで海人の
朝出ゆく来る
622
秋の野に
笹分けし朝の
袖よりも
逢はで来し夜ぞ
ひぢまさりける
秋の野に
笹分けし朝の
袖よりも
逢はで来し夜ぞ
ひぢまさりける
621
逢はぬ夜の
降る白雪と
積もりなば
我さへともに
消ぬべきものを
逢はぬ夜の
降る白雪と
積もりなば
我さへともに
消ぬべきものを
620
いたづらに
行きては来ぬる
ものゆゑに
見まくほしさに
誘はれつつ
いたづらに
行きては来ぬる
ものゆゑに
見まくほしさに
誘はれつつ
619
寄る辺なみ
身をこそ遠く
隔てつれ
心は君が
影となりにき
寄る辺なみ
身をこそ遠く
隔てつれ
心は君が
影となりにき
618
浅緑こそ
袖は干づらめ
涙川
身さへ流るる
時かは頼まむ
浅緑こそ
袖は干づらめ
涙川
身さへ流るる
時かは頼まむ
617
つれづれの
眺めに勝れる
涙川
袖のみ濡れて
逢ふよしもなし
つれづれの
眺めに勝れる
涙川
袖のみ濡れて
逢ふよしもなし
616
起きもせず
寝もせで夜を
明かしては
春のものとて
眺め暮らしつ
起きもせず
寝もせで夜を
明かしては
春のものとて
眺め暮らしつ
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