巻十五巻|恋五

巻十五巻|恋五
828

流れては
妹背の山の
中に落つる
吉野の川の
よしや世の中
827

憂きながら
消えぬる泡とも
なりななむ
流れてとだに
頼まれぬ身は
826

逢ふことを
長良の橋の
長らへて
恋ひ渡るまに
年ぞ経にける
825

忘らるる
身を内橋の
中絶えて
人も通はぬ
年ぞ経にける
824

秋といへば
よそにぞ聞きし
仇人の
我を古せる
名にぞありける
823

秋風の
吹き裏返す
楠の葉の
恨みても猶
恨めしきかな
822

秋風に
逢ふ頼みこそ
悲しけれ
我が身虚しく
なりぬと思へば
821

秋風の
吹きと吹きぬる
武蔵野は
なべて草葉の
色変はりけり
820

時雨つつ
紅づるよりも
言の葉の
心の秋に
逢ふぞ侘びしき
819

葦辺より
雲居を指して
行く雁の
いや遠ざかる
我が身悲しも
818

有磯海の
浜の真砂と
頼めしは
忘るることの
数にぞありける
817

荒尾田を
荒鋤き返し
返しても
人の心を
見てこそ止まめ
816

海神の
我が身越す波
立ち返り
海人の住むてふ
浦恨みつる
815

夕されば
人なき床を
打ち払ひ
嘆かむためと
なれる我が身か
814

恨みても
泣きても言はむ
方ぞなき
鏡に見ゆる
影ならずして
813

侘び果つる
時さへ物の
悲しきは
いつこを忍ぶ
涙なるらむ
812

逢ふことの
もはら絶えぬる
時にこそ
人の恋しき
ことも知りけれ
811

それをだに
思ふこととて
我が宿を
見来とな言ひそ
人の聞かくに
810

人知れず
絶えなましかば
侘びつつも
泣き名ぞとだに
言はましものを
809

つれなきを
今は恋しと
思へども
心弱くも
落つる涙か
808

逢ひ見ぬも
憂きも我が身の
唐衣
思ひ知らずも
解く紐かな
807

海人の刈る
藻に住む虫の
我からと
音をこそ嘆け
世をは恨みし
806

身を憂しと
思ふに消えぬ
ものなれば
かくても経ぬる
世にぞありける
805

あはれとも
憂しとも物を
思ふ時
なぞか涙の
いとながるらむ
804

初雁の
鳴きこそ渡れ
世の中の
人の心の
秋し受ければ
803

秋の田の
稲といふことも
掛けなくに
何を憂しとか
人の刈るらむ
802

忘れ草
何をか種と
思ひしは
つれなき人の
心なりけり
801

忘れ草
枯れもやすると
つれもなき
人の心に
霜は置かなむ
800

今はとて
君が枯れなば
我が宿の
花をば一人
見てや忍ばむ
799

思ふとも
枯れなむ人を
いかがせむ
飽かず散りぬる
花とこそ見め
798

我のみや
世を憂く雲雀
鳴き侘びむ
人の心の
花と散りなば
797

色見えて
移ろふものは
世の中の
人の心の
花にぞありける
796

心こそ
うたてにくけれ
染めざらば
移ろふことも
惜しからましや
795

世の中の
人の心は
花染の
移ろひやすき
色にぞありける
794

吉野川
よしや人こそ
つらからめ
早く言ひてし
ことは忘れじ
793

水無瀬川
ありて行く水
なくはこそ
つひに我が身を
絶えぬと思はめ
792

水の泡の
消えて憂き身と
言ひながら
流れて猶も
頼まるるかな
791

冬枯れの
野辺と我が身を
思ひせば
燃えても春を
待たましものを
790

時過ぎて
枯れゆく小野の
浅茅には
今は思ひぞ
絶えず燃えける
789

信太山
麓を見てぞ
帰りにし
つらき人より
待つ声しとて
788

つれもなく
なりゆく人の
言の葉ぞ
秋より先の
紅葉なりける
787

秋風は
身を分けてしも
吹かなくに
人の心の
空になるらむ
786

唐衣
馴れは身にこそ
纏はれめ
懸けてのみやは
恋ひむと思ひし
784

天雲の
よそにも人の
なりゆくか
さすがに目には
見ゆるものから
783

人を思ふ
心の木の葉に
あらばこそ
風のまにまに
散り乱れめ
782

今はとて
我が身時雨に
降りぬれば
言の葉さへに
移ろひにけり
781

吹き迷ふ
野風を寒み
秋萩の
移りも行くか
人の心の
780

三輪の山
いかに待ち見む
年経とも
訪ぬる人も
あらじと思へば
779

住の江の
松ほど久に
なりぬれば
朝立つの音に
鳴かぬ日はなし
778

久しくも
なりにけるかな
住の江の
松は苦しき
ものにぞありける
777

来ぬ人を
待つ夕暮の
秋風は
いかに吹けばか
侘びしかるらむ
776

植ゑてし
秋田刈るまで
見え来ねば
今朝は初雁の
音にぞ鳴きぬる
775

月夜には
来ぬ人待たる
垣曇り
雨も降らなむ
侘びつつも寝む
774

今は来じ
と思ふものから
忘れつつ
待たるることの
またも止まぬか
773

今しばし
侘びにしものを
笹蟹の
衣に掛かり
我を頼むる
772

来めやとは
思ふものから
雲雀しの
鳴く夕暮は
立ち待たれつつ
771

今来むと
言ひて別れし
朝より
思ひ暮らしの
音をのみぞ鳴く
770

我が宿は
道もなきまで
荒れにけり
つれなき人を
待つとせしまに
769

独のみ
眺め古屋の
妻なれば
人を忍ぶの
草ぞ生ひける
768

唐土も
夢に見しかば
近かりき
思はぬ中ぞ
遥けかりける
766

恋ふれども
逢ふ夜のなきは
忘れ草
夢路にさへや
生ひしけるらむ
765

忘れ草
種取らましを
逢ふことの
いとかく難き
ものと知りせば
764

山の井の
浅き心も
思はぬに
影ばかりのみ
人の見ゆらむ
763

我が袖に
また来時雨の
降りぬるは
君が心に
秋や来ぬらむ
762

玉葛
今は絶ゆとや
吹く風の
音にも人の
聞こえざるらむ
761

暁の
四木の羽掻きも
ももは掻き
君が来ぬ夜は
我ぞ数掻く
760

逢ひ見ねば
恋こそ増され
水無瀬川
何に深めて
思ひそめけむ
759

山城の
淀の若薦
刈りにだに
来ぬ人頼む
我ぞはかなき
758

須磨の海人の
塩焼く衣を
竿荒み
ま遠にあれや
君が来まさぬ
757

秋ならで
置く白露は
寝覚めする
我が手枕の
雫なりけり
756

逢ひに逢ひて
物思ふころの
我が袖に
宿る月さへ
濡るる顔なる
755

憂き目のみ
負ひて流るる
浦なれば
仮にのみこそ
海人は寄るらめ
754

花かたみ
目馴るる人の
あまたあれば
忘られぬらむ
数ならぬ身は
753

雲もなく
泣きたる朝の
我なれや
厭はれてのみ
世をは経ぬらむ
752

見てもまた
またも見まくの
欲しければ
馴るるを人は
厭ふべらなり
751

久方の
天つ空にも
住まなくに
人はよそにぞ
思ふべらなる
750

我がごとく
我を思はむ
人もがな
さてもや憂きと
世を心見む
749

よそにのみ
聞かましものを
音羽川
渡るとなしに
見慣れそめけむ
748

花薄
我こそ下に
思ひしか
穂に出でて人に
結ばれにけり
747

月やあらぬ
春や昔の
春ならぬ
我が身ひとつは
もとの身にして
巻十五巻|恋五
返信する