巻第二|春歌 下
巻第二|春歌 下
明日よりは
鹿の花その
稀にだに
誰かは問はん
春の故郷
(174)
鹿の花その
稀にだに
誰かは問はん
春の故郷
(174)
柴の戸に
差すや日影の
名残なく
春暮れかかる
山の葉の雲
(173)
差すや日影の
名残なく
春暮れかかる
山の葉の雲
(173)
待てと言ふに
留まらぬものと
知りながら
強ひてぞ惜しき
春の別れは
(172)
留まらぬものと
知りながら
強ひてぞ惜しき
春の別れは
(172)
石上
古の早田を
打ち返し
恨みかねたる
春の暮れかな
(171)
古の早田を
打ち返し
恨みかねたる
春の暮れかな
(171)
来ぬまでと
花ゆゑ人の
待たれつる
春も暮れぬる
深山辺の里
(170)
花ゆゑ人の
待たれつる
春も暮れぬる
深山辺の里
(170)
暮れて行く
春の港は
知らねども
霞に落つる
内の柴舟
(169)
春の港は
知らねども
霞に落つる
内の柴舟
(169)
木の下の
住み家も今は
荒れぬべし
春し暮れなば
誰か訪ひ来む
(168)
住み家も今は
荒れぬべし
春し暮れなば
誰か訪ひ来む
(168)
散り残る
花もやあると
打ち群れて
深山隠れを
訪ねてしかな
(167)
花もやあると
打ち群れて
深山隠れを
訪ねてしかな
(167)
緑なる
松に懸かれる
淵なれど
己がころとぞ
花は咲きける
(166)
松に懸かれる
淵なれど
己がころとぞ
花は咲きける
(166)
暮れぬとは
思ふものから
淵波の
咲ける宿には
春ぞ久しき
(165)
思ふものから
淵波の
咲ける宿には
春ぞ久しき
(165)
纏ゐして
見れども飽かぬ
淵波の
ただ巻く惜しき
今日にもあるかな
(164)
見れども飽かぬ
淵波の
ただ巻く惜しき
今日にもあるかな
(164)
かくてこそ
見まく欲しけれ
万代を
懸けて匂へる
淵波の花
(163)
見まく欲しけれ
万代を
懸けて匂へる
淵波の花
(163)
葦引きの
山吹の花
散りにけり
井手の蛙は
今や鳴くらん
(162)
山吹の花
散りにけり
井手の蛙は
今や鳴くらん
(162)
岩根越す
清滝川の
速ければ
浪折り隠る
岸の山吹
(160)
清滝川の
速ければ
浪折り隠る
岸の山吹
(160)
子まとめて
なほ水汲まん
山吹の
花の露添ふ
井手の玉川
(159)
なほ水汲まん
山吹の
花の露添ふ
井手の玉川
(159)
吉野川
岸の山吹
咲きにけり
峰の桜は
散りはてぬらん
(158)
岸の山吹
咲きにけり
峰の桜は
散りはてぬらん
(158)
初瀬山
移ろふ花に
春暮れて
まがひし雲ぞ
峰に残れる
(157)
移ろふ花に
春暮れて
まがひし雲ぞ
峰に残れる
(157)
春深く
訪ね入る佐の
山の葉に
ほの見し雲の
色ぞ残れる
(156)
訪ね入る佐の
山の葉に
ほの見し雲の
色ぞ残れる
(156)
散りにけり
あはれ恨みの
誰なれば
花の跡問ふ
春の山風
(155)
あはれ恨みの
誰なれば
花の跡問ふ
春の山風
(155)
思ひ立つ
鳥は古巣も
頼むらん
馴れぬる花の
後の夕暮れ
(154)
鳥は古巣も
頼むらん
馴れぬる花の
後の夕暮れ
(154)
訪ねつる
花も我が身も
衰へて
後の春とも
えこそ契らね
(153)
花も我が身も
衰へて
後の春とも
えこそ契らね
(153)
花流す
瀬をも見るべき
三日月の
割れて入りぬる
山の遠方
(152)
瀬をも見るべき
三日月の
割れて入りぬる
山の遠方
(152)
唐人の
舟を浮かべて
遊ぶてふ
今日ぞ我が背子
花かづらせよ
(151)
舟を浮かべて
遊ぶてふ
今日ぞ我が背子
花かづらせよ
(151)
高谷か
明日は残さん
山桜
凍えて匂へ
今日の形見に
(150)
明日は残さん
山桜
凍えて匂へ
今日の形見に
(150)
花は散り
その色となく
眺むれば
虚しき空に
春雨ぞ降る
(149)
その色となく
眺むれば
虚しき空に
春雨ぞ降る
(149)
故郷の
花の盛りは
過ぎぬれど
面影去らぬ
春の空かな
(148)
花の盛りは
過ぎぬれど
面影去らぬ
春の空かな
(148)
吉野山
花の古里
跡絶えて
虚しき枝に
春風ぞ吹く
(147)
花の古里
跡絶えて
虚しき枝に
春風ぞ吹く
(147)
惜しめども
散りはてぬれば
桜花
今は梢を
眺むばかりぞ
(146)
散りはてぬれば
桜花
今は梢を
眺むばかりぞ
(146)
花誘ふ
名残を雲に
吹き留めて
しばしは匂へ
春の山風
(145)
名残を雲に
吹き留めて
しばしは匂へ
春の山風
(145)
散る花の
忘れ形見の
峰の雲
それだに残せ
春の山風
(144)
忘れ形見の
峰の雲
それだに残せ
春の山風
(144)
花もまた
別れん春は
思ひ出でよ
咲き散るたびの
心尽くしを
(143)
別れん春は
思ひ出でよ
咲き散るたびの
心尽くしを
(143)
眺むべき
残りの春を
数ふれば
花とともにも
散る涙かな
(142)
残りの春を
数ふれば
花とともにも
散る涙かな
(142)
はかなさを
ほかにも言はじ
桜花
咲きては散りぬ
あはれ世の中
(141)
ほかにも言はじ
桜花
咲きては散りぬ
あはれ世の中
(141)
恨みずや
憂き世を花の
厭ひつつ
誘ふ風あらば
と思ひけるをば
(140)
憂き世を花の
厭ひつつ
誘ふ風あらば
と思ひけるをば
(140)
桜花
夢か現か
白雲の
絶えて常なき
峰の春風
(139)
夢か現か
白雲の
絶えて常なき
峰の春風
(139)
辛きかな
移ろふまでに
八重桜
問へども言はで
過ぐる心は
(138)
移ろふまでに
八重桜
問へども言はで
過ぐる心は
(138)
八重匂ふ
軒端の桜
移ろひぬ
風より先に
訪ふ人もがな
(137)
軒端の桜
移ろひぬ
風より先に
訪ふ人もがな
(137)
誘はれぬ
人のためとや
残りけむ
明日より先の
花の白雪
(136)
人のためとや
残りけむ
明日より先の
花の白雪
(136)
今日だにも
庭を盛りと
移る花
消えずはありとも
雪かとも見よ
(135)
庭を盛りと
移る花
消えずはありとも
雪かとも見よ
(135)
桜色の
庭の春風
跡もなし
とはばそ人の
雪とだに見む
(134)
庭の春風
跡もなし
とはばそ人の
雪とだに見む
(134)
み吉野の
高嶺の桜
散りにけり
嵐も白き
春の曙
(133)
高嶺の桜
散りにけり
嵐も白き
春の曙
(133)
散り紛ふ
花のよそ目は
吉野山
嵐に騒ぐ
峰の白雲
(132)
花のよそ目は
吉野山
嵐に騒ぐ
峰の白雲
(132)
山高み
岩根の桜
散る時は
天の羽衣
なづるとぞ見る
(131)
岩根の桜
散る時は
天の羽衣
なづるとぞ見る
(131)
山高み
峰の嵐に
散る花の
月に天霧る
明け方の空
(130)
峰の嵐に
散る花の
月に天霧る
明け方の空
(130)
逢坂や
梢の花を
吹くからに
嵐ぞ霞む
関の過ぎ村
(129)
梢の花を
吹くからに
嵐ぞ霞む
関の過ぎ村
(129)
花誘ふ
比良の山風
吹きにけり
漕ぎ行く舟の
跡見ゆるまで
(128)
比良の山風
吹きにけり
漕ぎ行く舟の
跡見ゆるまで
(128)
山里の
庭よりほかの
道もがな
花散りぬやと
人もこそ問へ
(127)
庭よりほかの
道もがな
花散りぬやと
人もこそ問へ
(127)
眺むとて
花にもいたく
慣れぬれば
散る別れこそ
悲しかりけれ
(126)
花にもいたく
慣れぬれば
散る別れこそ
悲しかりけれ
(126)
花散れば
訪ふ人稀に
なりはてて
いとひし風の
音のみぞする
(125)
訪ふ人稀に
なりはてて
いとひし風の
音のみぞする
(125)
麓まで
小野辺の桜
散り越すは
たなびく雲と
見てや過ぎまし
(124)
小野辺の桜
散り越すは
たなびく雲と
見てや過ぎまし
(124)
木の下の
苔の緑も
見えぬまで
八重散り敷ける
山桜かな
苔の緑も
見えぬまで
八重散り敷ける
山桜かな
山深み
杉の群立ち
見えぬまで
小野辺の風に
花の散るかな
(122)
杉の群立ち
見えぬまで
小野辺の風に
花の散るかな
(122)
時しもあれ
頼むの雁の
別れさへ
花散るころの
み吉野の里
(121)
頼むの雁の
別れさへ
花散るころの
み吉野の里
(121)
雁が音の
帰るは風や
誘ふらむ
過ぎ行く峰の
花も残らぬ
(120)
帰るは風や
誘ふらむ
過ぎ行く峰の
花も残らぬ
(120)
春雨の
そほ降る空の
止みせず
落つる涙に
花ぞ散りける
(119)
そほ降る空の
止みせず
落つる涙に
花ぞ散りける
(119)
山桜
花の下風
吹きにけり
木の本ごとの
雪の群消え
(118)
花の下風
吹きにけり
木の本ごとの
雪の群消え
(118)
桜散る
春の山辺は
うかりけり
世を逃れにと
越しかひもなく
(117)
春の山辺は
うかりけり
世を逃れにと
越しかひもなく
(117)
山里の
春の夕暮れ
来て見れば
入相の鐘に
花ぞ散りける
(116)
春の夕暮れ
来て見れば
入相の鐘に
花ぞ散りける
(116)
散り散らす
おぼつかなきは
春霞
たなびく山の
桜なりけり
(115)
おぼつかなきは
春霞
たなびく山の
桜なりけり
(115)
またや見む
方野の御野の
桜狩り
花の雪散る
春の曙
(114)
方野の御野の
桜狩り
花の雪散る
春の曙
(114)
このほどは
知るも知らぬも
玉鉾の
行き交ふ袖は
花の香ぞする
(113)
知るも知らぬも
玉鉾の
行き交ふ袖は
花の香ぞする
(113)
風通ふ
寝覚めの袖の
花の香に
香ほる枕の
春の夜の夢
(112)
寝覚めの袖の
花の香に
香ほる枕の
春の夜の夢
(112)
花の香に
衣は深く
なりにけり
木の下影の
風のまに/\
(111)
衣は深く
なりにけり
木の下影の
風のまに/\
(111)
春雨は
いたくな降りそ
桜花
また見ぬ人に
散らまくも惜し
(110)
いたくな降りそ
桜花
また見ぬ人に
散らまくも惜し
(110)
霞立つ
春の山辺に
桜花
飽かず散るとや
鶯の鳴く
(109)
春の山辺に
桜花
飽かず散るとや
鶯の鳴く
(109)
我が宿の
ものなりながら
桜花
散るをばえこそ
とどめざりけれ
(108)
ものなりながら
桜花
散るをばえこそ
とどめざりけれ
(108)
山桜
散りて御幸に
まがひなば
いづれか花と
春に問はなん
(107)
散りて御幸に
まがひなば
いづれか花と
春に問はなん
(107)
妹安く
寝られざりけり
春の夜は
花の散るのみ
夢に見えつつ
(106)
寝られざりけり
春の夜は
花の散るのみ
夢に見えつつ
(106)
花に飽かぬ
嘆きはいつも
せしかども
今日の今宵に
似る時はなし
(105)
嘆きはいつも
せしかども
今日の今宵に
似る時はなし
(105)
百敷の
大宮人は
暇あれや
桜かざして
今日も暮らしつ
(104)
大宮人は
暇あれや
桜かざして
今日も暮らしつ
(104)
花の色に
天霧る霞
立ち迷ひ
空さへ匂ふ
山桜かな
(103)
天霧る霞
立ち迷ひ
空さへ匂ふ
山桜かな
(103)
白雲の
たなびく山の
山桜
いづれを花と
行きて折らまし
(102)
たなびく山の
山桜
いづれを花と
行きて折らまし
(102)
はかなくて
過ぎにし方を
数ふれば
花に物思ふ
春ぞ添へにける
(101)
過ぎにし方を
数ふれば
花に物思ふ
春ぞ添へにける
(101)
幾年の
春に心を
尽くしきぬ
あはれと思へ
み吉野の花
(100)
春に心を
尽くしきぬ
あはれと思へ
み吉野の花
(100)
桜咲く
遠山鳥の
したり尾の
なか/\し
日も明かぬ色かな
(99)
遠山鳥の
したり尾の
なか/\し
日も明かぬ色かな
(99)
巻第二|春歌 下