巻第三|夏歌

巻第三|夏歌
我が宿の
外に立てる
楢の葉の
茂みに進む
夏は来にけり
(250)
庭の面は
月漏らぬまで
なりにけり
梢に夏の
影しげりつつ
(249)
郭公
五月水無月
分きかねて
休らふ声ぞ
空に聞こゆる
(248)
夕暮れは
いづれの雲の
名残とて
花橘に
風の吹くらむ
(247)
今年より
花咲き初むる
橘の
いかで昔の
香に匂ふらむ
(246)
橘の
匂ふあたりの
うたた寝は
夢も昔の
袖の香ぞする
(245)
郭公
花橘の
香をとめて
鳴くは昔の
人や恋しき
(244)
訪ぬべき
人は軒端の
故郷に
それかと香ほる
庭の橘
(243)
橘の
花散る軒の
忍ぶ草
昔をかけて
露ぞ凍るる
(241)
帰り来ぬ
昔を今と
思ひ寝の
夢の枕に
匂ふ橘
(240)
行く末を
誰しのべとて
夕風に
契り香をかぐ
宿の橘
(239)
誰がまた
花橘に
思ひ出でん
我も昔の
人となりなば
(238)
五月雨の
雲間の月の
晴れゆくを
しばし待ちける
郭公かな
(237)
郭公
雲居のよそに
過ぎぬなり
晴れぬ思ひの
五月雨の比
(236)
五月雨の
月はつれなき
深山より
ひとりも出づる
郭公かな
(235)
楝咲く
外物の木陰
露落ちて
五月雨晴るる
風渡るなり
(234)
五月雨の
雲の絶え間を
眺めつつ
的寄りにしに
月を待つかな
(233)
玉鉾の
道行く人の
言伝も
絶えてほど降る
五月雨の空
(232)
五月雨は
大井の河原の
真薦草
刈らでや波の
下に朽ちなん
(231)
玉柏
繁りにけりな
五月雨に
葉守の神の
標は降るまで
(230)
真薦刈る
淀の澤水
深けれど
底まで月の
影は澄みけり
(229)
三島江の
入江の真薦
雨降れば
いとどしほれて
刈る人もなし
(228)
いかばかり
田子の裳裾も
濡れつらむ
雲間も見えぬ
ころの五月雨
(227)
尾山谷
引く注連縄の
打ち延へて
朽ちやしぬらむ
五月雨の比
(226)
早苗取る
山田の垣根
守りにけり
引く注連縄に
露ぞ凍るる
(225)
何事と
菖蒲は我が手
今日もなほ
袂に余る
根こそ絶えせね
(224)
なべて世の
憂きに流るる
菖蒲草
今日までかかる
根はいかが見る
(223)
飽かなくに
散りにし花の
色々は
残りにけりな
君が袂に
(222)
今日はまた
菖蒲の根さへ
掛け添へて
乱れぞ増さる
袖の白玉
(221)
打ち湿り
菖蒲ぞ香ほる
郭公
鳴くや五月の
雨の夕暮れ
(220)
小笹吹く
信太の丸屋の
仮の戸を
明け方に鳴く
郭公かな
(219)
郭公
深き峰より
出でにけり
と山の裾に
声の落ちくる
(218)
聞かずとも
ここを背にせむ
郭公
山田の原の
杉の群立ち
(217)
郭公
なほ疎まれぬ
心かな
鳴かぬ里との
よその夕暮れ
(216)
声はして
雲路にむせぶ
郭公
涙やそそぐ
宵の村雨
(215)
いかにせむ
来ぬ夜あまたの
郭公
またしと思へば
村雨の空
(214)
過ぎにけり
信太の森の
郭公
絶えぬ雫を
袖に残して
(213)
有明の
月は待たぬに
出でぬれど
なほ山深き
郭公かな
(212)
郭公
鳴きて入る佐の
山の葉は
月ゆゑよりも
恨めしきかな
(211)
我が心
いかにせよとて
郭公
雲間の月の
影に鳴くらむ
(210)
有明の
つれなく見えし
月は出でぬ
山郭公
待つ夜ながらに
(209)
一声は
思ひぞあへぬ
郭公
黄昏時の
雲の迷ひに
(208)
郭公
なほ一声は
思ひ出でよ
老磯の森の
夜半の昔を
(207)
二声と
聞かずは出でじ
郭公
幾夜明かしの
泊まりなりとも
(206)
夜を重ね
待ち兼ね山の
郭公
雲居のよそに
一声ぞ聞く
(205)
高砂と
問ひもや来ると
郭公
心の限り
待ちぞ侘びにし
(204)
聞かでただ
寝なましものを
郭公
中々なりや
夜半の一声
(203)
雨そそぐ
花橘に
風吹きて
山郭公
雲に鳴くなり
(202)
昔思ふ
草の庵の
夜の雨に
涙な添へそ
山郭公
(201)
卯の花の
垣根ならねど
郭公
月の桂の
影に鳴くなり
(200)
聞きてしも
なほぞ妬まれぬ
郭公
待ちし夜ころの
心習ひに
(199)
郭公
また打ち解けぬ
忍び寝は
来ぬ人を待つ
我のみぞ聞く
(198)
二声と
鳴きつと聞かば
郭公
衣片敷き
うたた寝はせむ
(197)
郭公
鳴きつつ出づる
葦引きの
山となでしこ
咲きにけらしも
(196)
郭公
一声鳴きて
去ぬる夜は
いかでか人の
寝をやすく寝る
(195)
己が妻
恋ひつつ鳴くや
五月闇
神なび山の
山郭公
(194)
五月山
卯の花月夜
郭公
聞けども飽かず
また鳴かむかも
(193)
郭公
深山いつなる
初声を
いづれの宿の
誰か聞くらむ
(192)
郭公
声待つほどは
片岡の
森の雫に
立ちや濡れまし
(191)
鳴く声を
得やは忍ばぬ
郭公
初卯の花の
影に隠れて
(190)
夏草は
繁りにけれど
郭公
など我が宿に
一声もせぬ
(189)
夏草は
繁りにけりな
玉鉾の
道行く人も
結ぶばかりに
(188)
仮に憎と
恨みし人の
絶えにしを
草葉につけて
忍ぶころかな
(187)
花散りし
庭の木の葉も
繁り合ひて
天照る月の
影ぞ稀なる
(186)
桜麻の
麻布の下草
繁けれ
ただ明かで
別れし花の名なれば
(185)
野辺は今
安積の沼に
刈る草の
かつ見るままに
繁けるころかな
(184)
いかなれば
その神山の
葵草
年経れども
二葉なるらむ
(183)
忘れめや
葵を草に
引き結び
刈根の野辺の
露の曙
(182)
卯の花の
咲きぬる時は
白妙の
浪もて結へる
垣根とぞ見る
(181)
卯の花の
むら/\咲ける
垣根をば
雲間の月の
影かとぞ見る
(180)
折りふしも
移れば変はる
世の中の
人の心の
花染めの袖
(179)
夏衣
着て幾日かに
なりぬらむ
残れる花は
今日も散りつつ
(178)
散りはてて
花の影なき
木の下に
立つことやすき
夏衣かな
(177)
惜しめども
とまらぬ春も
あるものを
言はぬに来たる
夏衣かな
(176)
春過ぎて
夏来にけらし
白妙の
衣干すてふ
天の香具山
(175)
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